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最高裁判所第二小法廷 平成2年(行ツ)19号 判決 1991年2月22日

埼玉県川口市並木三丁目三番二四号

上告人

酒井強

右訴訟代理人弁護士

五十嵐利之久

埼玉県川口市川口四丁目六番一八号

被上告人

西川口税務署長 臼井新吉

右指定代理人

下田隆夫

右当事者間の東京高等裁判所昭和六二年(行コ)第一六号所得税額更正処分取消請求事件について、同裁判所が平成元年一〇月一一日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

事実

上告代理人五十嵐利之久の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の認定しない事実に基づいて、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中島敏次郎 裁判官 藤島昭 裁判官 香川保一 裁判官 木崎良平)

平成二年(行ツ)第一九号 上告人 酒井強)

上告代理人五十嵐利之久の上告理由

第一 原判決には国税通則法第二四条の解釈適用を誤った違法があり、その違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるので、原判決は破棄を免れない。

一 原判決は、「課税処分取消訴訟における訴訟物は処分の違法性一般であり、処分理由は処分時に客観的に存在していれば足りるものであるから、税務署長は、処分時の認定理由に拘束されることなく、その後の調査により新たに発見した事実を追加し、処分理由を差し替えることも許されるものと解すべきである。」と判示し、本件更正処分がいずれも本件係争各年における上告人の所得金額の範囲内でなされたものであるから適法であるとする第一審判決を是認している。

しかし、原判決の右判示は、課税処分取消訴訟における所謂総額主義の一般的見解を漫然と示しただけであって、本件具体的事案に即した検討、判断を欠いたものである。

二 すなわち、右判示は、「税務署長は、処分時の認定理由に拘束されることなく……処分理由を差し替えることも許される」と述べているが、そもそも本件においては処分時の認定理由が果たして実在していたかどうかすら定かでないのである。

被上告人は、本件課税処分において、上告人の昭和四七乃至五〇年(四年間)の所得につき、それぞれ、金三、〇一七、三三四円、金一六、四六四、三四一円、金五、二六二、四七〇円、金一七、三七九、〇六九円と推計しているが(乙第四乃至七号証)、その根拠は皆目不明である。

成程、昭和五二年五月二三日付異議決定書(乙第九号証)では、右期間中の上告人の売上高を、各年の売上棟数(昭和四七年から、順次、一四棟、七〇棟、四三棟、七八棟)に一棟当たりの差益金額(昭和四七年、四八年が金一、一二三、三〇〇円、昭和四九年が金一、一七六、〇〇〇円、昭和五〇年が金一、一三六、〇〇〇円)を掛け合わせた金額を基本に算出している。しかし、右各年の売上棟数が第一審判決別表(売上一覧表)のどれとどれに該当するのか一切明らかにされていないし、上告人側でそれを合理的に推認することも不可能である。

そもそも、仮に本件課税処分当時被上告人が右別表の中の幾つかの取引を実際に把握していたのだとしたら、それらの売上金額は相当まちまちなのであるから、一棟当たりの差益金額などという一律の数値を用いて計算する合理性はなかった筈なのである。

このように、本件においては、後に「差し替える」ことのある「処分時の認定理由」が存在した確証はなく、むしろ被上告人による本件更正処分は単なる見込課税であった可能性すらあり、国税通則法第二四条の「税務署長は、……その調査により、……更正する。」との規定に明白に反するものである。

三 もっとも、たとえ処分時の認定理由が不明でも、前記所得金額を算出し得るだけの売上が処分時に客観的に存在していたことが認められさえすれば本件更正処分は適法として維持される虞れがないとはいえない。原判決が「処分理由は処分時に客観的に存在していれば足りる」としているのはその趣旨であろう。

しかし、後日の調査により結果的に推計所得金額を上回る所得金額が処分時に存在していたことが判明したとの一事をもって、直ちに処分時の見込課税を免罪することは許されるべきではない。蓋し、如何に結果において帳尻が合ったとしても、当該更正処分を手続的にも内容的にも合理的足らしめる調査をしないで見込課税することは、国税通則法第二四条の所期するところではなく、課税権の濫用であって、違法というべきだからである。

四 因みに、本件においては、真実処分時に客観的に処分理由(被上告主張の所得金額)が存在していたかどうかも明確ではないのである。確かに、被上告人は、本件訴訟に至ってからも調査を継続し、最終的に第一審判別表に掲記されたような多数の売上の存在を主張して、一応それらの裏付けとなるような証拠も提出している。しかし、例えば同別表4の順号43の取引のように、第一審判決ではその存在が認められたが、原判決では一転して否定されたものがあり、被上告人の調査が必ずしも真実に合致するものではないことが如実に示されている。そして、上告人の第一審及び原審における本人の尋問結果から明らかなように、右のような例は他にもすくなからず存在しているのである。

上告人のように個人営業的な小規模の不動産業者は、名の売れた大手企業が大々的に支店を展開する間隙を縫って必死に生き残るために、時にはリスクのある商売に手を出さざるを得なかったり、買主の要望で代金額の表示を多少操作せざるを得なかったりするのであり、従って単に契約書が存在するからといって、現実にもそのとおりの売買契約が成立し、或はそのとおりの売買代金が授受されているとは限らないのである。第一審判決別表4の順号43の取引は、前者の例に属するものであって、しかも途中で契約が解除されていたにも拘わらず、当初の契約書が残っていたため被上告人によって売上に数え上げられ、第一審裁判所も上告人の反論を好加減な弁解と速断してか、慎重な吟味を欠いたまま被上告人の主張どおり認定したが、この件については隅々上告人が甲第二五号証(土地売買並びに替地給付に関する契約書《写》)を入手することが出来たので、原審において辛うじて第一審判決を覆せたのである。しかし、一般的には、取引から何年も経た後にこのような証拠を収集することは至難の技であり、被上告人によって一方的に売上に数え上げられたが実際にはそのとおりの取引がないものについて、一々被上告人の主張を覆することは殆ど不可能といってよい。

このような訴訟手続上の制約から認定されるに至ったに過ぎない「売上」を直ちに客観的存在と看做して、それを主たる根拠に本件に本件更正処分に適法性ありとする論理は、「原処分肯定」という結論が先にあって、それに向けて強引に理屈付けしようとするものといわざるを得ず、到底承服出来ない。それでは更正処分は最初から見込か少なくとも相当の腰だめで行っても許されることになって国税通則法第二四条の趣旨を完全に没却するばかりか、納税者から争われてから全く新たに理由付けすることも可能であるので争点を際限なく拡大し、必然的に訴訟遅延を招く結果ともなるのである(事実、本件訴訟もそのような理由で第一審に相当長期間を費やしている)。

地方納税者は、係争対象の年から何年も経た後に、税務官庁が一方的に主張する「処分理由」への対応を余儀なくされるのであって、本来救済手段として保障された手続において逆に事実上救済の道を狭められるという重大な不利益を被ることになるのである。

五 以上から、原判決が国税通則法第二四条の解釈適用を誤ったことは明白である。

第二 原判決には所得税法第一五六条の解釈適用を誤った違法があり、その違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるので、原判決は破棄を免れない。

一 原判決は、被上告人による上告人の所得金額の推計方法を合理的とした第一審判決を是認しているが、同判示の推計方法は、本件訴訟に至って初めて持ち出された「事後説明」に過ぎず、被上告人が本件課税処分に際し採ったものでは決してない。却って、前記のとおり、本件課税処分に際しては、各年の売上棟数に一棟当たりの差益金額を掛け合わせて上告人の売上を算出していたのであり、第一審判決が認定したような推計方法は本件課税処分時には全く採られていなかったことが明らかである。

もし、被上告人の主張するような「合理的推計方法」が最初から採られていたのなら、上告人に対する課税額はもっとずっと多くなっていた筈である。従って、最初からそれに基づいた更正処分をするか、仮に所得の一部が後日判明したのであればそれについて再更正すればよかったのである。ところが、実際にはそのようにしていないのは、とりもなおさず被上告人が本件課税処分に際して右のような「合理的推計方法」を採っていなかったことを自ら物語るものである。

二 また、上告人の売上の把握についても、前記第一の四で述べたように(同所における主張のうち関連問題をここに援用する)、多分に不確かさを含むものである。

このように、被上告人が本件課税処分に際し上告人の所得金額認定のために採った推計方法には何ら合理性が認められない。

三 ところで、所得税法第一五六条は、更正等に際し「その者の財産若しくは債務の増減の状況、収入若しくは支出の状況又は生産量、販売量その他の取扱量、従業員数その他事業の規模によりその者の各年分の各種所得の金額又は損失の金額……を推計して、これをすることができる。」と規定している。

この推計が、課税処分という国民に対する直接的な強制力を伴った行政処分の前提となる以上、適正かつ合理的なものであるべきことは当然である。

四 しかるに、本件課税処分に際しての被上告人の推計方法は前記のとおりであって、とても適正かつ合理的であったとは認め得ないものである。第一審判決が合理的としているのはあくまで本件訴訟に至ってからの被上告人の「事後説明」についてであって、本件課税処分に際しての推計方法についてではないのである。

加えて、被上告人は、本件課税処分後原処分維持のため金融機関その他に対する無制約な反面調査を継続し、資料を収集したのであって、これは、国税通則法第二四条が「その調査により……更正する」と規定し、あくまで更正処分の前提として調査を位置付けている趣旨に反し、更正処分後も上告人の信用に重大な影響を及ぼす金融機関等への反面調査を強行した違法な手続といわなければならない。その結果実際に上告人は長期間にわたって営業上筆舌に尽くし難い困難を味わい、多大の被害も被った。

五 所得税法一五六条には明白に「更正又は決定をする場合には、……推計して」と規定されており、また同法第二三四条第一項では税務署等の当該職員に質問検査権が認められ、これに応じない者には罰則をもって臨むことが出来る(同法第二四二条第九条)のであるから、あくまで原処分に際して適正かつ合理的な推計方法が採らなければならないとするのが同法第一五六条の法意である筈である。

六 第一審判決は右の点を誤解し、本件課税処分に際して被上告人が採った推計方法ではなく、本件訴訟に至ってから被上告人が新たに持ち出した「事後説明」を根拠としてその推計方法を合理的と認め、一方乙第九号証の異議決定書に記載されている推計方法には何ら言及しなかったのであり、原判決もそれをそのまま是認したものであって、所得税法第一五六条の解釈適用を誤ったことが明らかである。

第三 原判決には心理不尽、理由不備の違法があり、その違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるので、原判決は破棄を免れない。

一 原判決は、第一審判決に一部付加・訂正を施したのみで、基本的にはこれをそのまま是認している。

しかし、第一審判決は、本件課税処分のうち更正処分については「いずれも本件係争各年における所得金額の範囲内でなされたものであ……るから、……適法である。」と判示しているものの、昭和四七年分(無申告)の所得税に関する決定については、その適法性の根拠を全く示していない。そして、原判決もその点については何ら言及していないのであるから、明らかに理由不備の違法がある。

二 本件課税処分には前記第一、第二で述べたような多くの問題点があるにも拘わらず、原判決は、これらの問題点を前記のとおり課税処分の取消訴訟における所謂総額主義の一般的見解を漫然と示すのみで処理しており、本件具体的事案に即した適確かつ十分な検討を殆ど行っていない。前記第一、第二でのべたように、本件において右総額主義の一般的見解を示すこと自体国税通則法や所得税法の解釈適用を誤るものであるが、それは同時に審理不尽、理由不備の違法ともなるものである(前記第一、第二における主張のうち関連部分をここに援用する)。

三 以上のとおり、原判決に審理不尽、理由不備の違法があることも明白である。

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